ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

大ヒットアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を再構成のうえ、劇場版4部作に直した第2作「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」


エヴァンゲリオン初号機パイロットとして戦う碇シンジ。父である碇ゲンドウとの距離感がつかめないまま、エヴァに乗る意味を自問する。
そこにエヴァンゲリオン弐号機パイロットとして登場した式波・アスカ・ラングレー、それと仮設五号機のパイロット、真希波・マリ・イラストリアスが現れる。次々に襲いかかる使徒との戦いの中、碇ゲンドウはある計画の進行を進めていくのであった。

なるほどー。
前作「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」は、オリジナル版の再編集の色が強かったけれど、今回の「破」は、ストーリーのラインだけ残してまったく新規の展開となり、ようやく今回の新劇場版の意味が見えてきた感じです。

オリジナルに比べると、ドラマとして、それぞれのキャラクターが前向きになってますよね。それは前作「序」からそうだったけど、いよいよ動き出した感じ。それと日常生活の部分の比重が大きくなっているし。
なんでアスカが、オリジナル版の惣流・アスカ・ラングレーじゃなくて、式波・アスカ・ラングレーなのかとか、ようやくわかりました。
あれはあれ、これはこれですね。

それにしても、SEの数々には笑わせていただきました。
意味がわかる人だけわかってください。

オリジナル版に似ているようで、まったく違う。見かけにだまされてはいけません。現実は常にひとつきりとは限らないのです。だからこその新劇場版。
こうなりゃ最後まで付き合うしかないでしょう。

というわけで、

観るべし! 観るべし! 観るべし!
サービス、サービス!


でも、この調子でいくと、完結編までに、オレ、40歳を過ぎちゃうんじゃないかなあ。ああ、早く続きが観たい!

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劔岳 点の記

新田次郎の山岳小説を、「八甲田山」などで日本を代表するカメラマン木村大作が初監督に挑戦、浅野忠信、香川照之ら出演で、明治に地図作成のために劔岳の登山を行った測量隊の姿を描いた「劔岳 点の記」


明治三十九年。陸軍は空白となっている地図作成のため、陸地測量部の柴崎芳太郎に、劔岳の登頂と測量を命じる。柴崎は案内人の宇治長次郎や仲間たちと共に、劔岳を登る。しかしそれは困難を極める厳しいものだった。

上手くない。
上手くないというか、こちらが観ていて恥ずかしくなるほど、純情かつ素朴な映画なのだ。
主人公の浅野忠信演じる柴崎は、そのほとんどをこれまでの映画以上に寡黙な無表情を通す。その心情を語っているようでほとんど何も語らない。香川照之は常に引き立て役に徹し、松田龍平はとがった若者を演じ、宮崎あおいは、観ていて赤面するほどかいがいしい柴崎の妻を演じる。まさしく純情きらり。
ライバルの山岳会のリーダー演じる仲村トオルは、最近続いたキザな男をここでも繰り返す。「ナイス、測量隊!」といつ言い出すかドキドキものである。
だれもがほとんど演技らしい演技をしているわけではない。というより演技演出らしいことをほとんどしていないかのような台詞の棒読みのオンパレード。

展開も、愚直なまでに測量隊の足跡を、順を追って見せていき、台詞はひたすらに内面のモノローグと説明台詞の応酬。

音楽にいたってはテンプトラックそのまんまじゃないの、といいたくなるようなバッハやヴィヴァルディのクラシックの名曲の数々。

これが、数々の武勇伝を映画界に残したカメラマン木村大作の初監督作なのかと思うと、恥ずかしいほど純情すぎるではないか。素朴すぎるではないか。

しかし、その愚直なまでの測量隊の登山の行程を観ているうちに気づく。
劇中なんども主人公柴崎が問い直す「地図作り」とは何かが、つまり木村大作監督自身の「映画作り」の足跡そのものであることを。

実は浅野忠信の主人公柴崎以上に、思い入れを持って描かれるのが、香川照之演じる測量隊の案内人、宇治長次郎。長次郎が柴崎に対してひたすらに献身的に尽くす姿に、これまで映画作りのために数々の監督に尽くしてきたカメラマン木村大作がダブってくる。
クライマックスの長次郎と柴崎のやりとりが、まさにカメラマンと監督の理想のやりとりとして描いて見せたのである。苦楽を共にした仲間たちの姿と、登りきった者だけが通じ合えるクライマックスの交歓に、涙せずにはいられない2時間半。

なんことはない。
大作映画として宣伝されているこの映画は、実はとてもプライベートな、大作(だいさく)映画なのだ。

観るべし。

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愛を読むひと

現代ドイツの作家ベルンハルト・シュリンクのベストセラー小説「朗読者」を、ケイト・ウィンスレット主演、「めぐりあう時間たち」のスティーブン・ダルドリー監督で映画化した「愛を読むひと」


第二次世界大戦後のドイツ。マイケルは学校の帰り道、気分が悪くなったところをある女性に介抱してもらう。彼女の名はハンナ。マイケルは年上のハンナに惹かれ、関係を持つようになるが、ハンナには重大な秘密があった。


原作の「朗読者」って日本でも出た当時確か売れたはず。
当時読み始めたばかりのときに、この小説の重大なネタバレを聞かされてしまって「えー!」とショックだったのを覚えているなあ。

今回の映画では、ヒロインのハンナをケイト・ウィンスレットがやっているわけですが、なかなか頑張っていたと思います。いや、この映画でアカデミー主演女優賞を獲りましたから当然なんですけど、私が観る限り、以前やった「アイリス」とかでもう獲ってておかしくないと思いましたからね。
誰にも言えない重い罪を抱えたヒロインの、それと引き換えにでも隠したいというその気持ちを、現代に生きる我々では理解しにくいその心情をどこまで想像力を働かせることが出来るかで、評価が別れるでしょうね。
でも「えー意味わかんなーい」とか思ったひとは、人の心を読む力をもっと学ばないとね。

それはともかく、ドイツの話なのに、英語でしゃべって英文って、うーむ、それってどうなのかと思いましたけどね。
これだけ読むことが重要な作品を、原語ではなく英語作品として作っちゃうというところに、重大ななにかが抜け落ちているような気がするんだけどな。
とはいえ、私自身、日本語の翻訳でしか読んでいないわけだけどね。

原作は傑作。
いわゆる「読む」ことに関して考えたければ、必ずや読むべし!
できれば、映画はそのあとのほうがいいかな。

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ターミネーター4

ジェームズ・キャメロン監督の代表作にして、シュワルツネッガーの代表作でもあるSFアクション映画第4弾。今回は、審判の日以後のターミネーターと人類との戦いそのものを、クリスチャン・ベール主演、McG監督で描く「ターミネーター4」

スカイネットによって引き起こされた核戦争「審判の日」。それ以降、スカイネットが送り込むターミネーターと生き残った人類との戦いは続いていた。
人類の抵抗軍のひとりであったジョン・コナーは、未来の「人類の救世主」と過去から伝説の存在としていわれてきた。
ジョンが急襲したスカイネットの施設で、生き残ってはい出たのは、マーカス・ライト。彼は自分が何者であるか、記憶を失っていた。しかしさまよい歩くうちにひとりの青年と出会うのだった。


「ターミネーター」第1作を観たときの衝撃は忘れられない。
それまでシュワルツネッガーは筋肉ムキムキの大根役者であるけれど、ヒーローだと思っていた。でもそれが感情のない殺人マシーンとして登場したとき、低予算で荒っぽい画でありながら、たたみかけるようなアクション演出に、本気で怖くて、「激突!」でスピルバーグこそが最高のチェイス映画だと思っていた10代のわたしに、スピルバーグを超える存在になるのは、このジェームズ・キャメロンなのではないかと刻み込まれたのだった。


あれから四半世紀か……。
シリーズはキャメロン以外の手に渡り、まだ続くのね。

さて。
シリーズものの前日譚prequelを描くというのは、このところの流行のようで、そもそもは「スター・ウォーズ」がエピソード1をやった以降、007シリーズも、先日の「スター・トレック」もそう。
ただし、前日譚ということは、シリーズの始まりに繋がるわけで、観客からすればオチのわかっている話を見なきゃいけないということになる。
その点を上手く回避して、主演者が交代するからということでやったのが「007カジノ・ロワイヤル」だし、原点回帰しながら○○○○○ール○にしてみたのが「スター・トレック」。

じゃあ、今回のターミネーター4はというと、どうやら「スター・ウォーズ」パターンを選んだようで、第1作の始まりまでを三部作で描こうというわけです。その第1作。
特にジェームズ・キャメロンが撮った1,2にオマージュを捧げて、時系列としては未来なんだけど、物語の流れとしてはその前になっていて、なのに、ジョン・コナーが抱える苦悩は現在進行形という、なかなかに捻っていることになっています。このあたり、ノンクレジットで脚本を直したポール・ハギス、ジョナサン・ノーランの力でしょうか。だからか、今回のジョン・コナーはバットマンでもあり007でもあり。

一方、キーマンになっているマーカスもふるっていて、あちこちが面白いわけです。ここは言ってしまうとつまらないので止めておきます。

ただ、力が入りまくったところがありつつも、一所懸命がんばったのに最後お漏らししちゃった、あとちょっとだったのにな感じも。そこがちょっとね。
それまでが面白かった分、そこの痛さが目立っちゃうということです。

でも、全体としてみたら、観てお金分の楽しさは保証してくれることでしょう。
シリーズを知らない人は、第1作、第2作は観てから劇場へ行けば、面白さ倍増、というより、まずその2作がマスターピースなんだから!

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スター・トレック

すごいよ、J.J.!(植草甚一にあらず)

40年以上にわたり、ドラマ、映画と世界中で愛されてきたSFドラマが、オリジナルの設定に立ち返り、新しいキャストで物語の原点を、「M:I-III」のJ.J.エイブラムス監督が描く「スター・トレック」

宇宙艦隊のUSSケルヴィンは、ロミュランの攻撃を受け大破する。船が沈む前に、船長からキャプテンを任されたカークは、船員たちを脱出させ、自らの命を落としてしまう。救われた船員たちの中にカークの妻もおり、脱出のさなか、子供を産む。その子の名は、ジェームズ・タイベリアス・カーク。後に英雄と語られる男の誕生である。


いやあ、すばらしい。
オリジナルに敬意を表しつつ、ちゃんとこの物語ならではの話にしているしね。というかスタトレ版「カジノ・ロワイヤル」ですね。
今回のタイトルは、これまでが「スタートレック」、今回は「スター・トレック」。
昔のパロディ版が「カジノロワイヤル」、ダニエル・クレイグの007は「カジノ・ロワイヤル」。
そういうところも何となく似てるかな。

キャストの登場のさせ方がそれだけで上手いし、転送装置がどこで出てくるかなとか思ったら、いきなりそんな格好いい使い方だし、あれ、そこでスコッティは? と思ったら、そうくるかーとか。あの人の登場もいちいちが憎いし。
でも途中で「クローバーフィールド」になって、ある場所に着いたら「LOST」になる。(笑)

ウフーラ役の女の人、どっかで観たなと思ったら、「ターミナル」でトレッキーの空港員やってた人だよ。ははは。

シリーズを知らなくても大丈夫、知ってたらなお大丈夫、トレッキーなら大満足。(どうやってがんじがらめになっているのオリジナル設定を無視できるかとか、上手い方法でついたよね)
やるな、J.J.! すごいぜ、J.J.!
続編も見たいゾ!

「観るべし」のかわりに、これをいいましょう。


長寿と繁栄を。

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重力ピエロ

映画化連発の伊坂幸太郎原作の最新公開作は、直木賞候補にもなった、謎の連続放火事件とその事件を追う兄弟とその家族の物語「重力ピエロ」


仙台市街で、連続放火事件が起きる。落書き消しの仕事をしている春は、兄の泉水とともに、事件の法則を見つけ出し、犯人を追うが、それは兄弟の家族の重大な秘密と繋がるものだった。

結構良い出来じゃないですか。
伊坂幸太郎の原作は、個性的なキャラと、ほんのちょっとした気の利いた台詞と、それが思いもかけない伏線へと繋がる快感とかあるわけですが、それをなんとか映画にしようとすると、とたんにダメダメになっちゃう。典型が「陽気なギャングが地球を回す」ですが。

で、今回の「重力ピエロ」は原作から、いかにも美味しそうなところをばっさり切るということからはじめ、主人公の家族の話に絞ったのが功を奏していると思いました。
他の作品とのリンクキャラである黒澤とか使いたくなるけど、いの一番にいないしね。

脚本を書いた相沢友子って、ドラマ「鹿男あをによし」の脚本の人か。映画だと「大停電の夜に」とかも。なるほど。上手いなあ。


主人公である泉水と春を演じている加瀬亮と岡田将生は、いま乗ってる俳優ふたりですね。立ち姿がきれいというかね、特に春を演じた岡田君は春そのものだし、それを支える加瀬亮も、受け芝居がきれいです。
父親役の小日向さんも、人のよさげな、でも頼りなさげな感じと毅然な感じが相まって、ちゃんとあのお父さんになってましたね。市の職員姿がまあ似合うこと似合うこと。

あと、後半に出てくるある男が、もう、そういう血も涙もない台詞を言える役はこの人しかいないな、と思いましたね。なんかとめどもない虚無感というか、いつ死んだって構わないような投げやり感を漂わせたら天下一品です。


伊坂原作作品の中では、「アヒルと鴨のコインロッカー」は、奇跡の傑作だからあれを超えることは難しいと思いますが、この「重力ピエロ」は、それに匹敵する出来だと思います。特に原作が大好きという人ほど、原作は忘れてみれば、素直にいい作品だと思えるはずです。

観るべし。(←最近つけてなかったからサービス)


ちなみに、今回の映画化でオミットされた、黒澤が活躍する「ラッシュライフ」ももうすぐ公開です。

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おと・な・り

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また、熊澤尚人監督にやられちまったよっ!

「ニライカナイからの手紙」「虹の女神 Rainbow song」の熊澤尚人監督最新作は、生活の音で存在を確かめ合う隣同士に住む男女の、恋の始まる物語を、岡田准一、麻生久美子主演で描く「おと・な・り」


カメラマンの野島聡と、フラワーデザイナーを目指す七緒は、古いアパートに住む隣同士。互いの生活の音を壁越しに聞こえて気になるものの、互いに交流はなかった。
聡は、親友でモデルのシンゴの写真集で名を売っていたが、本当に撮りたい写真を求めて、仕事を辞めようとしていた。
七緒はプロのフラワーデザイナーになるために資格試験を受け、合格したら勉強のためにフランスに行こうとしていた。
互いに交差しないと思っていたふたりの人生が、思いがけない繋がりをみせていくのだった。


普通ですと、良い作品、みんなに観て欲しい作品には「観るべし!」とかつけるところなんですけど、ごくまれに「誰も理解してくれなくて良いから、とにかく理屈抜きで惚れてしまった」という、十代の恋のような、恥ずかしいくらいに好きになってしまう作品というのがあります。
それが熊澤尚人監督の「ニライカナイからの手紙」、「虹の女神 Rainbow song」で、もうたまらなく好き!
熊澤作品の世界がたまらなく愛おしいのです。

今回の「おと・な・り」も、実はまったくノーマークだったのに、たまたま「鴨川ホルモー」を新宿ピカデリーで観たときに予告で観てしまって、もうたまらなく待ちきれなくて、恵比寿ガーデンシネマでの先行ロードショー初日に行ってきました。


これを観ながら、似たような設定の某作品を思い出しましたが、あちらがロマンチックコメディだとするなら、こちらはもう少し(かなり)リアルな方向の演出。
とはいえ、中盤はオイオイと思う展開を見せつつ(「虹の女神」における相田翔子みたいな)も、最後は、観たいものを観せてくれました。
というか、最後の10分は、身もだえしながら観てましたよ。「うわあ、まじで、ほんとうに、さいごは、……になってくれるんだろうな!」と思ってましたから、熊澤監督の掌の上に乗りまくり。

岡田君も麻生久美子も、等身大の30歳の男女を演じていて、非常に好感が持てました。カメラマンの手付きとか、フラワーアレンジメントの動作とか、ちゃんと様になっていたと思うし。

「ニライカナイからの手紙」や「虹の女神」の時は、時々力業が見え隠れしましたが、今回の「おと・な・り」が一番安定しているかな。万人受けするという意味では、今回が一番かも。


5/30から全国順次公開だそうです。
みんなに観て欲しいのですが、さっきも書きましたけど、今回は「観るべし!」はつけません。
この感想を読んで、他の人が観て「お前がいうほどでもないジャン」とか「いまいちだった」とか何を言おうと関係ありません!
惚れた女(映画か)に理屈はいらないんです!
わたしが好きだからそれで良いんです!


ということで、2009年の邦画暫定1位はこれです。
今年、これを抜く映画に出会えるかな?

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天使と悪魔(ちょっとだけネタバレあり)

(ちょっとだけネタバレになるように書いてます。ご注意を)


ダン・ブラウン原作の大ヒット映画「ダ・ヴィンチ・コード」の前日談を、ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の黄金コンビで映画化した「天使と悪魔」

ローマ教皇の死去に伴い、次期のローマ教皇を選出するコンクラーベが行われようとしていたバチカン。一方スイスにあるCERNでは反物質の生成に成功する。しかしその喜びもつかの間、何者かによって反物質が盗まれてしまう。
バチカンでは次期教皇の有力候補である4人の枢機卿が誘拐される。その誘拐に関与していたのは、かつて科学を旗印にカソリック教会に反旗を翻した秘密結社イルミナティだった。
この問題を解決するために呼ばれたのが、かつてルーブル美術館で起きた猟奇殺人とダヴィンチの謎を解決した宗教象徴学者ロバート・ラングドン教授だった。

えー、なにせミステリー映画ですから、何かを書こうとするとほとんどネタバレになってしまうのですが、まあそこはそれ。
タイムリミットサスペンスで2時間20分をとぎれなく魅せてくれます。
いいんですけどね、えー、なんといいますかねえ。
(ボカしておきますが、念のためネタバレ改行します。見たくない人は、見ないように)


















なんていうのかな、全てのどんでん返しが、やっぱり後期クイーン問題に思いっきりぶち当たってて、この展開、○○○○○がいなけりゃ成立しないじゃん、って思っちゃうのですよ。

だから、先の展開とか考えたらいけません。
そんなことを考えたら、一気につまんなくなるので、やめましょう。
頭空っぽで観たら、ワクワクと楽しいかなと思います。

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佐藤和歌子「角川春樹句会手帖」

とある方からのオススメ本だったので、読んでみたらこれは面白かった!
扶桑社の文芸誌「en-taxi」に連載された句会記録をまとめた「角川春樹句会手帖」


ある日突然、「句会をやるから俳句を二十句作って持ってこい」といわれたらどうしますか?
しかもその句会の評者はかの角川春樹。かつて角川書店社長として、出版の傍ら、「犬神家の一族」に始まる角川映画を作り上げた、あの角川春樹ですよ。
知らないひとは知らないが、角川春樹は俳人として「信長の首」「花咲爺」などの句集を出しているので、そんな人物が待ちかまえているところに、「素人なので俳句は出来ませんでした」と逃げることは許されない。

かくて哀れなる新人俳人たちは、必死の思いで慣れぬ手付きで俳句を捻って、おずおずと差し出すのである。
福田和也、寸(←福田氏の弟子)、佐藤和歌子、石丸元章、北方謙三、中畑貴志、澤口知之、斉藤斎藤、田中悠貴、茂木健一郎、斎藤環、藤原敬之、前島篤志、さいとう健、菊池成孔、佐伯一麦、島田雅彦、ねじめ正一、高橋春男。

とまあ、これらそれぞれの分野のトップの面々が、俳句を捻ってくるんですが、それぞれ、やっぱり人を見事に表すんですよ。北方謙三はハードボイルドだし、石丸元章はヤバ目のネタにはしり、島田雅彦はやっぱり色ネタだしね。

わたしは普段、俳句も短歌も詩も、その手のたぐいにはあまりふれないのですが、かつて角川春樹の句集「信長の首」は読んだことがあって、それで俳句の概念をひっくり返されたというか、ビックリしたのを覚えています。
なんていうのかな、真剣がずらりと並んでいるような感じというのかな、下手に触れると手が切れそうな感じがしたのを覚えています。

 向日葵や信長の首斬り落とす

これは角川春樹の代表句ですけどね、なんかねえ壮烈ですよねえ。

話を戻すと、今回の句会では、飲み食いしながら(この句会では必ず何か食事しながら行われる)素人俳句が角川春樹の手にかかって直されると、あら不思議。見事な俳句になっていくのです。
例えていうと、麻雀で、おもしろみのない手牌なのに、角川春樹が「ちょっとかしてみ」と一回自摸(ツモ)っただけで、見事な手牌に早変わり、ということになるのです。
時々やりすぎて、角川春樹の句になってしまうところはご愛敬ですが。

俳句の入門本とか、そういうものではないけれど、ワークショップの記録として読むと、はるかに面白く、臨場感があって、句会の末席にいるようなワクワク感が味わえるんですね。
それに合間に出てくる食事が旨そうなんです。何故だろうと思ったら、この作者(というか句会の記録者)である佐藤和歌子さんって、焼き肉屋の食べ歩きエッセイ「悶々ホルモン」の作者なんですね。なるほど食事の席の臨場感が見事なわけです。

ちなみに、今回登場した俳句のなかで、読んで一番面白かったのは、歌人である斉藤斎藤さんのやつですね。

 角川文庫生乾きでもにおわない

 費用対効果 ヤクルト対巨人

 震度3いつでも抱ける肉ひとつ

 おれがよく言っておくから日本の夏

なんだか面白い。
これが北方謙三だと、当たり前すぎる。

 音なしのシェイカーを振りし修羅がいる

 俺が立ち舞う枯葉さえ波にけり

ね、やっぱり北方ハードボイルドでしょ。
どうせなら「ソープ行け吠えるおやじの枯木道」とかでどうだ。(笑)

あと斎藤環の句はオタク的には可笑しかった。

 大宇宙昭和のおたく「そら」とルビ

 しばらくは父も子もなしゲド戦記

はははっはははあはっはは。

というわけで、読み終わると、ちょっと自分も俳句をやってみようかしらんという気になってきますので、だまされたと思って一度読んでみてはいかがでしょうか。


あ、決まり文句を忘れてた。せっかくだから一句詠んでみます。


 読むべしといわずば喰われし海鼠の日

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鴨川ホルモー

ゲロンチョリ!

「釣りバカ日誌」シリーズ、「ゲゲゲの鬼太郎」の本木克英監督最新作は、万城目学のヒット小説を、山田孝之、栗山千明主演で描いた「鴨川ホルモー」


京都大学を二浪して入学した安倍明。ある時「普通のサークルだから」との勧誘をうけ、コンパに参加する。そのサークル「青竜会」は普通どころか、とんでもない秘密を抱えたサークルだったのだ。

本木監督の演出というのは、基本的に場を与えてその中で役者を泳がすことをやるので、上手くはまれば役者次第でどんどん面白くもなるし、逆に芸のない役者だと持たないので、役者も下手だし緩いだけの映画になっちゃう。

今回の「鴨川ホルモー」は、山田孝之や濱田岳といった芸達者はやっぱり上手いのね。逆に芦名星とかは演技力の無さが露呈しちゃう。本木さん、そこを演出で救ったりしないからね。

全体としては、CGとの融合や、原作のとんでもなさ、ナンセンスさをそれなりに画にしていたと思います。
ただ、話として盛り上がってくるまでの緩さが、相変わらず本木映画らしいともいえるので、そこをどうみるかで評価が変わってくると思います。
ただし、その緩さが、「鴨川ホルモー」という題材ではいい方向に作用していると思うので、人によって「本木作品の最高傑作」という言葉も、わからないではないです。

でも、デビュー作「てなもんや商社」のときのような何が何でも楽しませるぞというがむしゃらさがほしいところですが、緩い気持ちで観れば、なかなか楽しめる作品だと思いますよ。

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