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August 2007

2007.08.27

グラインドハウス

「キル・ビル」クエンティン・タランティーノと「シン・シティ」ロバート・ロドリゲスの2人が、それぞれB級映画を撮って、2本立てという形式で公開した「グラインドハウス」


それぞれの監督作品、日本ではディレクターズカット版となって1本立てで順次公開らしいのですが、オリジナルの2本立て3時間バージョンがTOHOシネマズ六本木で公開。今回観たのはこちらなので、2本(と予告)で1本のレビューとします。(以下上映順に作品紹介)


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予告「マチェーテ」(ロバート・ロドリゲス監督)
「スパイキッズ」の発明おじさんなど、ロドリゲス作品常連のダニー・トレホ主演のバイオレンスアクション。
メキシカン魂爆発です。

「プラネット・テラー」(ロバート・ロドリゲス監督)
ある軍事基地での抗争で漏れた化学ガスで、街の人々がゾンビ化する。ストリッパーまがいの踊り子チェリーや生き残った人たちは、ゾンビと戦い、脱出しようとするが。
B級ゾンビ映画のフォーマットに則ったくだらないバカホラー。
なのに、ブルース・ウィリスとか、マイケル・ビーンとか、TVドラマ「LOST」のイラク兵の人とか出てきて、無駄に豪華。
デジタル撮影なのにフィルムの傷を入れたり、フィルムが焼けて巻が飛んじゃったり、力のいれどころが可笑しすぎる。
ヒロインがもっと早く右脚サイコガンになって活躍してくれるかと思ったら、かなり最後の方なので、もうちょっとクライマックスが早くても良いかと。

予告「ナチ親衛隊の狼女」(ロブ・ゾンビ監督)
ナチ女囚もの。マッドサイエンティストが女囚を狼女に改造手術するという、脳味噌腐ってそうな予告。なのに、この嘘予告のためだけに出てくる超大物ハリウッドスター。(笑)

予告「Don't」(エドガー・ライト監督)
幽霊屋敷になぜか行く若者たち、そこで起きる惨劇。
決して一人で観てはいけません。

予告「感謝祭」(イーライ・ロス監督)
感謝祭の日に暗躍する殺人鬼。次々に血祭りに上げられる街の住人。ああ、くだらない。

「デス・プルーフ」(クエンティン・タランティーノ監督)
女たち3人で車に乗って出かけた夜、場末のバーにいた男、その名もスタントマン・マイク。そいつはスタントマンといいつつ、車で事故殺人を快楽として行う殺人鬼だった。
前半、久々のタランティーノ調だらだら会話劇。しかも今回タランティーノが撮影監督までやってて、意味もなく足ばっかり撮ってる。
後半、予想もつかないカーアクションに発展し、最後の最後でとんでもなくスカッと感動(やや誇張表現)します。

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これ、2本立て3時間だから意味がある映画ですね。
オマケの予告編とか本当にくだらない。この間、トイレに立つ人も結構いて、本当に2本立てホラー映画を観ている気分。

考えてみると、この二人、そもそも脚本・出演タランティーノ、監督ロドリゲス、しかも前半犯罪アクション、後半ゾンビ映画
という「フロム・ダスク・ティル・ドーン」を撮っているし、その延長線上にあると言えますね。

「プラネット・テラー」は仲間や家族総動員なんだけど、意外にまじめに撮っているロドリゲス。
「デス・プルーフ」はそれを凌駕する、予想もつかないタランティーノ。そもそもタランティーノはオタク知識を武器に、撮り方が上手いとは言えないけど、破天荒なミックスぶりはまると化けちゃうのが楽しいのです。
「デス・プルーフ」の最後は爆笑と拍手喝采で終わりましたよ。何となく、不思議な感動がこみ上げてきます。でもあれでいいのか>カート・ラッセル
あの感動は、1本立てで、別々に観ても効果は薄いでしょうねえ。

それぞれ1本立てになると、2時間近いらしいけど、2本立てバージョンでも結構ダレる(特に「デス・プルーフ」)から、何とかして2本立てバージョンを観てほしいですね。特に、予告とかオマケ部分は別々1本立てでは観られないらしいですから。
東京ではTOHOシネマズ六本木で8/31まで。急げ!


観るべし! 観るべし! 観るべし!

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呪怨 パンデミック

なぜに牛乳一気飲み?


ビデオ作品から劇場版、ハリウッドリメイクと増殖し続ける「呪怨」シリーズ最新作は、ハリウッド版第二弾となる「呪怨 パンデミック」


前作の後、姉のカレンを連れ戻しに日本に来たオーブリー、インターナショナルスクールの女子高生たち、そしてシカゴのアパートの一家など、伽椰子と俊雄の呪いの餌食となっていく人物は、果てしなく続いていくのだった。
そして、今回、伽椰子出生の秘密が明かされるのだ。

さすがに、ビデオで2作、日本劇場版で2作、ハリウッド版で2作となってくると、いくらなんでも最初の恐怖感ってわけにもいかなくなってきて、だんだん「どこにも出てくる伽椰子ちゃん」な感じになってきて、ちょっと可笑しい。

ところが、今回一番不気味で怖いのは、シカゴのアパートの地下で怪しい住人がごみを漁っているところ。
もはや伽椰子は記号化してしまったので、出てこないと呪怨じゃないけど、そこに新味を出すのは難しい。

いったんシリーズはこれぐらいにして、次の作品にがんばってもらいたいですね。

で、しばらくしてから「呪怨3」をやってもらうと。
もちろん、お約束で3Dに。飛び出す伽椰子。
10作目になると「伽椰子、宇宙へ行く」とか。
そこまで続けばすごいです。

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映画が多すぎる

最近、映画評を書いてみても、届かない感じがする。

「この映画が面白いよ」と言ってみても、気がついたらもう上映が終わっているとか、周りから「あれ見てみなよ」と言われてもやっぱり上映していないわけです。

で、最近どんだけ公開しているのかと思ってみてみたら……。


昨年(2006)邦画だけで417本! 洋画が404本!
800本を超えるこの数、映画評論家の皆さんはこれを全部観ているのでしょうか?

記録をみると、邦画公開の最高記録は1960年(昭和35年)の547本。このときで7457館あるわけで、今の倍以上。しかも邦画は2本立て公開が基本ですから、これだけの数が公開できたともいえるわけで。

でも、いまやどんな低予算映画だって、1本立て興行。
シネコンが増えたっていっても3000館を超えたところなわけですから、どう考えたって、1本を上映する期間は限られてくる。しかも誰だってヒットした映画を上映したいし、お客だって観たい。そうなるとシネコンなんか、公開初日の週末成績で映画の上映回数がすぐに増減しちゃうわけです。

そうすると「みんなは褒めないかもしれないけど、俺はこの映画が大好きだ!」と叫んでみても、「それ、いつ公開したの?」ってことになるわけです。

それと、邦画の公開本数を支えているのは、あまたの数いる新人映画監督達。だけど、このうち何人が2本目を撮って、かつ名前を覚えられる人になるのやら。
たとえば「いま、会いにゆきます」の監督とか、「そのときは、彼によろしく」の監督の名前って言えます?

私も「映画いっぱい観てますね」と言われるけれど、新作映画を劇場で観る本数なんて、邦洋あわせていいとこ100本いくかいかないか程度なわけです。
そうすると、名前も知らずに去っていった映画なんてメチャメチャ多いわけです。まして韓流ブームなんていわれたって、そのうち観たのは2〜3本どまり。


ともかく、映画の数が多すぎる! と思う今日この頃なのです。もう、どんだけ〜。

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2007.08.19

遠くの空に消えた

「世界の中心で、愛をさけぶ」「春の雪」の行定勲監督による、神木隆之介、大後寿々花、ささの友間主演による、オリジナルファンタジー映画「遠くの空に消えた」

空港建設に揺れる馬酔村に、父に連れられて亮介は引っ越してきた。父は空港公団の責任者として、村の大人たちと対立するが、亮介は、気の良い公平や、UFOを呼び出そうとするヒハルと仲間になる。
空港建設反対運動は、子供たちにも暗い影を落とすが、ある事件をきっかけに、亮介たちは子供だけの大きないたずらを仕掛けようとする。

行定勲版「スワロウテイル」(ジュブナイル風)。っていうと行定監督は嫌がるでしょうが。でも村のマドンナ先生役にわざわざ伊藤歩をキャストで当てるって、そりゃねらってるとしか思えません。

日本的農村風景のなかで成立するファンタジーを描こうとしたら、もう必然的に宮沢賢治的イーハトーブ世界になってしまうのは、良いことなのかどうなのか。それだけ宮沢賢治が偉大だってことですか。
といっても、がんばって日本的農村世界のファンタジーを作り上げた結果、「ごっこ世界」に見えてしまったのは誤算な気がします。うんこや小便もガンガン出てくるんだけど、観ていてちっとも臭ってこないのは不思議。
だもんだから、ストーリーの基本線の一つである空港建設反対運動も、リアルさが伝わってこなくて、空騒ぎにしか見えない。

一方で、子供たちの世界も、ヒロインの女の子は孤児なのかなとか思っていると親が後から出てきたり、もうちょっとそれぞれの設定をちゃんと見せておけば良かったのになと。
とはいえ、主役三人の子供たちはさすがの演技ですねえ。神木君は二次成長期直前のユニセックスな感じとかが萌え萌え。サスペンダーした神木君、誰が観たって君はカンパネルラでしょ。

それと、クライマックスの画を観た瞬間、ああ、これが篠田昇カメラマンのシネスコ撮影だったら、どんな画だったのかと。もちろん撮影の福本淳さんは篠田さんの助手だった人ですから監督の意図はわかっていると思いますけど、でもあの画を観せるのなら、やっぱりシネスコでしょう。

行定監督の長年のオリジナル企画だということですから、その間、映画の中で描いていない設定とかいっぱいあるんだと思います。それが未整理なもんだから、ところどころよくわからないところがあったりと。
ただ、これまでの行定映画だと誰か死ぬんだけど、今回は生き続ける現在進行形の話なのがいいですね、ラストの抑制の利いた終わり方とかは結構好きです。


ところで、冒頭に出てくるスチュワーデスの女の子がメチャメチャカワイイので誰だ? と思ったら高橋真唯だった。ファン必見。
あと、どっかにCOCCOも出演しているらしい(主題歌担当)のですが、気がつかず。誰か確認してくださいまし。

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2007.08.16

ゲキレンジャー&仮面ライダー電王

東映の2大テレビヒーローシリーズ。戦隊シリーズ最新作「獣拳戦隊ゲキレンジャー」と仮面ライダー最新作「仮面ライダー電王」が、劇場版となって公開。

「電影版 獣拳戦隊ゲキレンジャー ネイネイ!ホウホウ!香港大決戦」

ゲキレンジャーたちと、そのライバル獣人メレ。戦いの最中、彼らは香港に飛ばされてしまう。そこでメディア王・ヤンから招待を受け、異種格闘技大会に参加することに。
しかしその大会は、強い者の気を集めるためのヤンの策略だったのだ。

志保美悦子主演「女必殺拳」みたいな、パチモン空手アクション&女Gメン香港潜入編、と思っていたら、敵のボスで石橋雅史さん登場。それだけでもうOK。お懐かしや。お元気そうで何よりです。
ともかく、一瞬たりとも飽きさせないっていうか、こういうアクションものを延々と作り続けてきた東映大泉撮影所の伝統を、わずか30分のこども向けヒーローものに感じるこの至福。作り続けることでこそ、この技術ってのは継承されていくんだなあと。
深作健太監督の「スケバン刑事」だって、健太監督のセンスとかは別物として、「演技もアクションも出来ないお姉ちゃんを主役にして、どうやって見せる映画にするか」という東映スタッフの蓄積あってのたまもの。
素晴らしく楽しい。

ゲキレンジャーと電王の間に、オマケアニメ「モモタロスのなつやすみ」を挟んで、今回のメインへ。

「劇場版 仮面ライダー電王 俺、誕生!」

時を駆ける列車デンライナーに乗り、敵のイマジンたちを倒す、良太郎こと仮面ライダー電王。しかし、そのデンライナーを、敵のガオウが乗っ取ってしまう。ガオウは時を自由に操り、時間を消してしまおうとする。どうする、良太郎。

1時間強の上映時間は、最初から最後までクライマックスだぜ!
「電王」は近年の平成ライダーの中では比較的観ている方だけど、複雑で謎だらけな設定とか、よくわかってません。
最初設定を聞いたときは「なんでライダーが電車に乗るんだよ」とか思っていたのに、いざ観てみると、デンライナー、意外にかっこいい。
デンライナーのオーナーが石丸謙二郎なのは、やっぱり「世界の車窓から」だから? 答えは聞いてないけど。

今回の劇場版もさらにタイムトラベルネタが絡んで複雑きわまりないんですけど、それぞれのライダーが揃っちゃうのは、ドラえもんの名作「ドラえもんだらけ」だなあ。

ここで渡辺裕之がふてぶてしくも敵の画王を、じゃなかったガオウを演じます。退屈しのぎに戦うものすごく強そうなヤツですね。もはやノリノリ。

クライマックスでは、テーマでもある時の大切さと家族愛を謳い、そこでタイトルの意味がわかる巧みさ。
去っていくデンライナーを見送る一家に、不覚にもウルウルと。
思ったよりも泣けるで。


そんなわけで、意外なおもしろさに釣られてみる?
観るべし!

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「影武者」リメイクのためのメモ

今度黒澤明の「天国と地獄」「生きる」がドラマリメイクされるんですね。
「天国と地獄」で山崎努が演じた犯人役は、今回、妻夫木くんがやるそうで。

黒澤プロの台所事情からすると、「椿三十郎」のリメイクといい、こういう方法じゃないと収入の道がないとも言えるわけで。これが漫画家なら手塚プロや藤子プロのように、アトムやドラえもんのキャラクター版権で食べていけるけれども、映像作家が創作のために作った映像制作プロダクションで、主亡き後の会社というのは、なかなか大変ですねえ。

さて。
「椿三十郎」のリメイクが発表されたとき、仲間うちで飲んでいて、「黒澤作品で自分がリメイクするならどれをやるか」とネタで盛り上がったことがありました。
みんなが名作と考えるような「七人の侍」や「用心棒」なんてのは、リメイクしようなんてとてもじゃないですが思いません。かといって「どですかでん」や「夢」のような表現主義に振った作品もやっても仕方がないし。
で、どれかやれそうな取っ掛かりのある作品はないかなあと考えたら、ひとつだけ思い浮かびました。
「影武者」です。

「おいおい『影武者』こそ後期黒澤作品の代表作のひとつじゃないか、あれをリメイクしようなんて、それこそ頭がどうかしているんじゃないの」とお思いでしょうし、私もそう思います。リアルタイムで観た最初の黒澤作品ってこれだしね。

でもさあ、あれってつまんないじゃん。

主を失った武田軍の妄執と悲劇の物語なんですが、「偉大な英雄を理解できない凡人達はみんな死んでしまえ」と言っているみたいだし、画面の豪華さに比べて中身の空虚さ(テーマとしての空虚さではなく、語り方が空虚なのです)ばかりが目立って、3時間観るのが苦痛なのです。

それは、当初の構想どおり勝新太郎が主演、撮影が宮川一夫、音楽が佐藤勝でも駄目だったことでしょう。
「影武者」のシナリオが収録された「全集黒澤明」第6巻を読んだときに、他の巻が名シナリオ揃いだったのに、明らかにこの巻の「影武者」「乱」などの傾向の違う内容に感じた違和感を覚えています。
当時学生だった自分には、「いや、偉大な黒澤明監督のシナリオなんだから、これが面白いと思えない自分がまだまだ駄目なんだ」と思っていましたが、いややっぱり面白くないんですよ。どう読んでも話が硬直しているのね。
橋本忍の「複眼の映像」でも、その当時、東宝の田中友幸プロデューサーが橋本忍に「影武者」のシナリオを持ち込んで、感想を聞きに来る場面があるのですが、シナリオ作家としての橋本忍も「影武者」シナリオに手厳しい批評を下しています。
これを読んで、「影武者」に長年感じていたものが昇華しました。

本題に戻って。
もし自分が「影武者」をリメイクしていいよと言われたなら、主役を影武者ではなく、武田勝頼にした方が良いんではないかと思います。
本来家督を継ぐ立場の勝頼が、死の間際に信玄が残した「わしの死を三年隠せ」と言われて、それを実行せねばならないことに。運良く信玄そっくりな影武者を仕立てることが出来たものの、影武者は本物っぽく振舞いだし、調子に乗って勝頼のいうことを聞かなくなる。周りの家臣に助けてもらおうと思っても、家臣は信玄以来の名うての剛の者たち。家督を継ぐ身とはいえ、若い勝頼の言うことなど聞いてくれない。
一方、影武者を仕立ててばっちり隠せていると思っている武田勢を尻目に、信長、家康、謙信らはとっくに信玄の死を知っていて、攻め入る隙をうかがっている。
孤立無援の勝頼、さあどうする?

なんとなくこっちの方が面白くなるように思うんですけどね。
完全にスラップスティックコメディになってしまいますが。一応最後は長篠の戦で敗北するまでを描きますけどね。
勝頼役は、いかにも頼りなさげな感じの役者をキャスティングすると。それこそ妻夫木くんでもいいんじゃないですかね。
影武者は……西田敏行、ってそれじゃ「憑神」じゃん。(爆)


問題は、こんなふざけたリメイク案では、金もかかるし許可も下りないしで、企画書はまっしぐらでゴミ箱行きですねえ。
万一実現しても「こんなひどいリメイクしやがって」と批判の嵐だろうしなあ。


ちなみに、「影武者が本物以上の名将だったら」というアイデアでリメイクしたのが、隆慶一郎の「影武者徳川家康」だと思います。読んでみて、隆さんもやっぱり「影武者」がつまんないから自分なりに直してみたいと考えて、家康二人説を持ってきたんだと思いますけどね。

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2007.08.14

オーシャンズ13

ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモンといったハリウッドスターの競演で人気のシリーズ最新作。今回は騙された仲間のリベンジを、オーシャンたちが果たす「オーシャンズ13」

オーシャン一家の仲間、ルーベンは、オーシャンたちの制止も聞かず、悪評高いバンクと手を結んで、ラスベガスに立てる巨大なカジノホテルに出資する。案の定、バンクの裏切りにあい、ショックでルーベンは心筋梗塞を起こして生死の境をさまようことに。
仲間がやられては黙っておけないオーシャンたち。ルーベンを騙したバンクに復讐するべく、一大計画を実行することにしたのだった。

シリーズ3作目ともなると、あれやこれやというほどものこともなく、夏の納涼オールスター映画と思えばいいのです。出演者達もそういうものだと割り切っているし、ノリノリで今回の悪役をやるアル・パチーノや、その秘書エレン・バーキンも確信的に脳味噌空っぽ演技をみせます。

あ、書くことなくなっちゃった。

最後は、オリジナルに敬意を表して、とりあえずこれにて終了ということでいいんじゃないでしょうか。
ダラダラと14,15,16とやってもね。(と言っていると来年14とかありそうだけど)


釣りバカは今回18か……。
別の意味で、ここまできたらやめられないねえ。

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小野俊太郎「モスラの精神史」

講談社現代新書より。映画「モスラ」を戦後日本史と絡めて考察した本。

主に原作である「発光妖精とモスラ」と、完成した映画との差異や、当時の世相を語っている。劇中、テレビというものが排除され、なおかつテレビのシンボルである東京タワーが壊されると言うところに、当時のテレビの隆盛と制作する映画人たちの思いが反映されているという指摘は、なるほどと。

その後のモスラ的主題の後継者として、宮崎駿「風の谷のナウシカ」をあげるところは、まあそうかなと。ちょっと違う気もするけど、否定するほどの材料もないので、そういう考察も面白いかもしれません。


これにあわせてDVDで「モスラ」を再見。
なるほどと思ったのは、小美人の歌と、インファント島の原住民の踊りなんかも、総天然色・東宝スコープの売りのひとつだったのねと。テレビじゃ観れない面白さを狙っているわけで。

実は、「モスラ」を観たのは相当後の話で、子どもの頃は「モスラ対ゴジラ」は観たんですよね。本当は「のび太の恐竜」の公開時の併映が「モスラ対ゴジラ(短縮版)」だったはずなんだけど、このときに観たという記憶がありません。その後のテレビ放映で観たのが最初なのかな?
そんなわけで、子どもの頃の記憶をたどると「モスラ」そのものは観ていなくて、その後の「モスラ対ゴジラ」「三大怪獣 地球最大の決戦」を繰り返し観ていたようです。
特に「~地球最大の決戦」はものすごく好きでしたね。キングギドラ登場のシーンとか、メチャメチャドキドキした記憶が。

実は一番観ている怪獣映画はおそらく「空の大怪獣ラドン」で、子どもの頃結構頻繁にテレビ放映をしていたんですよ。
おそらく、福岡だったので、地元怪獣だということ、総天然色(カラー)だけれど画面がスタンダードなので、テレビ放映には都合がいいとか、そういう理由だったんでしょうね。


というわけで、書けば書くほど、モスラに思い入れがないことがバレバレだ。


あ、あと今回再見して、ザ・ピーナッツが、当時の普通の日本人の女の子の顔だった。(当たり前だ)
頭の記憶の中の小美人は、ものすごくエキゾチックな顔立ちだったんだがなあ。

最近だと、東宝シンデレラの長澤まさみと大塚ちひろがやってたりしますが、それほど感じ入るものもなく。
今度はマナカナにでもやってもらったらどうですかね。

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2007.08.05

トランスフォーマー

スピルバーグ製作総指揮、マイケル・ベイ監督による、変形する宇宙生命体の戦いを描く「トランスフォーマー」


かつてある惑星で正義と悪が激しく戦い、その結果星が滅んでしまった。その星の生命体たちは、宇宙へ散り、たどり着いた新たな星での活動の時を待っていた。その星の名は地球。
現代。カタールの基地に所在不明のヘリが現れた。そのヘリはなんと変形し、基地を木っ端みじんに壊滅させた。
一方アメリカ。少年サムは、父親から車を買ってもらえることになった。しかしようやく手に入れたのは中古のスポーツカー。しかしこの車には、とてつもない秘密が隠されていたのだった。

相も変わらず、ポップコーンムービーを作らせたら当代随一のマイケル・ベイ。題材が刑事二人のアクション映画だろうが、小惑星を食い止めようと、真珠湾攻撃だろうと、クローン人間だろうと、何ら変わることもない。
しかし毎回、2時間飽きさせることもなくアクションのつるべ打ち、男はみんなメカが好き、ナイスバディな姉ちゃんが好き、という、おつむの出来はいつまでもハイティーンブギ、と割り切った製作姿勢を了解さえすれば、後は快楽原則に乗れるというもの。
無駄に歴史ドラマにしようとするから「パールハーバー」のような無惨なことになってしまうけれど、今回は、おもちゃが主役の巨大変形メカアクション映画というゲテモノ企画だから、マイケル・ベイの「心は10代」ぶりに無理も生じない。それどころか、市街戦でのロボット格闘に、都市テロの暗喩を感じ取れてしまうという、逆にオマケまでついてきちゃった。


そんなわけで、シネコンでコーラとバケツみたいなポップコーンを買って、2時間15分、目だけでなく、お腹まで満たしてください。

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2007.08.03

天然コケッコー

名作!

くらもちふさこ原作の漫画を、「リンダリンダリンダ」「松ヶ根乱射事件」の山下敦弘監督、夏帆主演で描く「天然コケッコー」


島根の田舎町に暮らす中学2年生の右田そよ。そよが通う学校は小中学生を合わせて6人しかいない。みんな兄弟のように仲良しだ。
そんな小さな学校に、転校生がやってきた。そよと同じ中学2年生、東京からきた大沢広海だ。何事もなく平和なそよの日常が、新しい世界への予感に満ちていく。

お下げ髪で、自分のことを島根弁で「わし」と呼ぶそよを演ずる主演の夏帆を含め、こどもたちのはじけるような若さと素直さがたまらなく愛おしい。とはいえ、そんな光の面だけではなく、田舎の裏面を重くならない程度に挿入させ、大人になっていくことの悲しさを佐藤浩市が体現する。

夏帆ちゃんはとにかくカワイイなあと。以前「小さき勇者たち ガメラ」の時もなかなかカワイイ子だなと思っていましたが、さらに。「初恋の来た道」のころのチャン・ツィイーのような、すっと立つ感じがあります。
こういう子の口から「チューしてもええよ」と言われるとドキドキですなあ。

2時間の上映時間いっぱいに、夏帆ちゃんの魅力満載なのだけれど、せめて自分があと10歳若かったらなと。観ている間、感情移入の立場が、佐藤浩市や先生側なんだよなあ。できれば相手の男の子側になりたいのだが、もはや無理。無理すると、劇中に出てくる怪しい郵便局員になっちまうし。

ラストシーンのパンが「お引っ越し」を思い出しますね。パンすると時間が飛んで、少女の成長を一気に見せてしまう。そこにくるりの主題歌できれいに締めてくれます。青春映画的に完璧。

2時間の上映時間いっぱいに、夏帆ちゃんの魅力満載なのだけれど、せめて自分があと10歳若かったらなと。観ている間、感情移入の立場が、佐藤浩市や先生側なんだよなあ。できれば相手の男の子側になりたいのだが、もはや無理。無理するとあの怪しい郵便局員になっちまうし。

さっきも書いたけど、やっていることは確信犯的に「松ヶ根乱射事件」と「天然コケッコー」は表裏一体のネガとポジ。だから一方だけ激賞するというより、出来ることなら合わせて観てほしい。


ともかく、二重丸。
「しゃべれども しゃべれども」「アヒルと鴨のコインロッカー」を抜き去り、今年の実写邦画のトップに来てしまいました。

観るべし! 観るべし! 観るべし!

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深町秋生「果てしなき渇き」

第3回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。文庫化されて売れているらしいです。

元刑事の藤島はコンビニでの強盗殺人の目撃者となってしまう。犯人の目星がつかず、警察から何度も聞き込みをされる毎日。そんなとき、別居中の妻から連絡が入る。娘の加奈子が失踪したというのだ。
娘を捜す藤島は、やがて真っ黒な暗黒の世界へ墜ちていくのだった。

過激な暴力描写がありつつも、元刑事のハードボイルド調で幕を開ける物語。そこからノワール世界への片道切符。キレまくった登場人物も多彩だが、なんといっても主人公藤島の止まらないパワフルさに目が離せない。
もっとも大事だと思っているものを、もっとも無惨な形で破壊することでしか自分を表現出来ない主人公。ヤバい。ヤバすぎます。

一方で挿入される少年の視点による加奈子の物語。悲しくもリリカルさの片鱗を見せる青春小説の感じ……と思いきや、これまたエラいことになっていきます。

後半1/3のクライマックスは、怒濤の展開。読む手は止まりません。


正直、普段あんまり読まないタイプの小説なのですが(エルロイもそうだけど馳星周もそんなに読んでないし)、目が釘付けという感じでしょうか。「悪魔のいけにえ」とか「ゾンビ」とかみたいに「ひえー、やべー」と叫びつつも、全部観ちゃう感じというか。

映画化するなら……三池崇史監督、岸谷五朗で、ってそれ「新・仁義の墓場」じゃん。いやまさしくそういう感じ。というより作者が観たかどうか知らないけど、インスパイアされているような気がします。


というわけで、私の感想初のR-18指定で、読むべし!

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