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October 2007

2007.10.30

仮面ライダー THE NEXT

変身ヒーローとして不動の人気を誇る「仮面ライダー」を現代にリファインした「仮面ライダー THE FIRST」。その続編としてV3も登場する「仮面ライダー THE NEXT」

本郷猛、一文字隼人がショッカーを抜け、戦いをはじめてから2年。
本郷猛は高校教師として暮らしていた。
世間では、アイドルChiharuの周辺でファンの殺害などの不穏な事件が発生する。Chiharuの親友で、本郷の生徒でもある琴美は、事件を調べていたが、彼らの前に現れたのは悪の秘密結社ショッカー、そしてChiharuの兄にしてショッカーの手先となった風見志郎だった。

前作の設定を受けての続編なんですが、オリジナルではV3は1号、2号により改造されたはずなのに、ショッカーによって改造されたことになっているのが大きな違いといえましょう。

ただまあ、変身が、原作マンガ通りマスクを装着するというのは、リアル方向としては正しいかもしれないけど、やっぱり決めポーズをやって欲しいし、必殺技を叫んで欲しいなと。
ハリウッドのアメコミヒーロー映画を観ても、最大の不満は「ヒーローが見得を切らない」ところなので、そこはやっぱり死守して欲しいところです。

主役陣が、かつて男臭いメンバーだったのに、いまやイケメンばかりなのは、実はあんまり好きじゃない。
本郷猛が三枚目の高校教師って、それは本郷猛じゃなくって矢的猛だろうよ、とか、一文字隼人がホストってのもなあ。
風見志郎もそうなんだけど、そんな退廃的キャラクターで良いんかと。
同じ茶髪でロン毛でも、ダルビッシュの方が数倍男らしいぞ。

「小さき勇者たち ガメラ」の田崎竜太監督ですが、ショック演出はともかく、演技演出が微妙で「なぜそんなことに」と思ってしまうのは、脚本と合わせて細部が弱いせいかな。
風見志郎の行動原理とかがわかりにくくて心情が伝わってこなかったり、風見の秘書で一緒にショッカーの怪人になってしまった女とか、もうちょっと泣かせと整合性がとれそうな気がします。
ほかにも、何でアイドルChiharuの呪いでファンが殺されなきゃいけないのかとか、釈然としないまま終わっちゃうのは、狙いでそうなったというより、狙いを外しているように思うんですよね。

大人の観賞に耐えうるライダーを作ろうとして、結果ケレンとハッタリの固まりみたいな「電王」に面白さで勝てないのは、誤算という気もします。なんだかいろんなところでもったいない感じがする作品だと思います。

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2007.10.24

ヘアスプレー

ジョン・ウォーターズのカルト映画をブロードウェイミュージカルとして舞台化し大ヒット。改めてミュージカル映画としてリメイクされた「ヘアスプレー」


1962年、ボルチモア。小柄で太った女子高生トレーシー。彼女が夢中なのは、地元のダンステレビ番組「コーニー・コリンズ・ショー」。いつか自分もこの番組に出て踊りたいと夢見るのだった。番組のダンサーオーディションが開催されることになり、トレーシーも参加するが……。

元のジョン・ウォーターズ版を観ていないけれど、あちこちにシニカルさを残しつつ、ゴキゲンな歌と踊りで一気に見せてくれます。
主役のニッキー・ブロンスキーもそうですが、端役にいたるまで、レベルの高いダンスを見せてくれるわけで、いやはやこういう映画は逆立ちしたって日本じゃ作れませんなあ。

クリストファー・ウォーケンとジョン・トラヴォルタの夫婦ダンスなんて、後にも先にもこれでしか観ることが出来ないでしょうねえ。

というか、クリストファー・ウォーケンのダンスっていやあ、これ、Fatboy Slimの“Weapon of Choice”のPVです。
これを撮ったのはスパイク・ジョーンズ(「マルコビッチの穴」)だけど、なんか、この世のものではないものを観てしまった感じがする。


話は元に戻して、観始めたときは調子が悪くて、いきなりのニッキーのハイテンションにちょっとついて行けなかったんですけど、だんだんと乗せられつつ、最後は気持ちよく映画館を出られました。

でも、これを社会派ミュージカルって言ってた宣伝文句もあったけど、そうかなあと。結構底意地悪いと思うけど。

ということはともかく、観て損なし。お釣りがきますよ。

観るべし!

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2007.10.21

王と鳥 / 春のめざめ

立川シネマシティで上映されている、スタジオジブリの名作アニメライブラリー「ジブリ美術館ライブラリー」。今回は「王と鳥」とアレクサンドル・ペトロフ監督の「春のめざめ」の二本立て。


「王と鳥」は去年初めて観て、感想を書きました。
改めて、この作品が宮崎駿監督に与えた影響の大きさ、特に「未来少年コナン」「ルパン三世カリオストロの城」への直接的なデザインなどの原型を観ることが出来ます。
アニメを語る上では、これは一度は観ておかないといけないですね。


さて、今回初見の「春のめざめ」。ツルゲーネフの「初恋」をモチーフに、若い女中と年上の女性に、同時に恋をした少年の美しくもはかなく残酷な初恋物語。
アレクサンドル・ペトロフ監督は、前作「老人と海」でアカデミー短編アニメーション作品賞を受賞したのですが、今回もガラス絵アニメでまさしく「動く油絵」。アクリル板の上に手で書いた絵を描いて、撮影して少し書き直してまた撮影する(だから一枚の原画がカット尻の絵しか残らない)という、気の遠くなる作業の果てに生み出されたその美しさは、是非スクリーンで観て欲しいです。
そうやって生み出された、それぞれのヒロインの匂い立つような美しさが手に届きそうな感触を与えます。

前作「老人と海」より、オリジナルの物語になったおかげか、イマジネーションの広がりも自由度が大きく、個人的にはこちらの方が好みかも。

すでにDVDも出ているし、30分というサクッと観られる内容なので、是非ご覧くださいまし。

観るべし!

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めがね

ロングランヒットを記録した「かもめ食堂」に続き、小林聡美主演・萩上直子監督による、南の島の海辺の旅館にやってきた人々を描く「めがね」


南の島にやってきたタエコ。彼女が泊まった旅館ハマダでは、主人のユージ、春になるとどこからか現れるサクラ、高校の生物教師ハルナ。ここに泊まった人がやることはただ一つ“黄昏れる”こと。そのゆったりとしたペースに最初は反発していたタエコだったが……。


テーマとしては「かもめ食堂」の同工異曲というべき作品。とはいえ「かもめ食堂」にはまだ『ヘルシンキで日本人女性が食堂を開いて繁盛させる」という基本のプロットがあったけれど、こちらにはすでに決まった「南の島で黄昏れる」世界観があるのみで、観客は主人公が見て聞いて食べて寝ることを見守り続けるのみ。

だから「ああ、あんな風に美味しいものを食べて黄昏れたい」と思わせられればOKなのです。
そういう意味では、ひたすら食べている主人公たちの姿に、おなかが空いてたまらなくなるので、試みは成功しているといえるのかもしれません。

個人的には「かもめ食堂」の方が好みではありますが、こういう世界観だけがある世界を撮れたのも、「かもめ食堂」の成功あってのこそ。

意味ありげな人物の背景など追いかけるのはやめて、ただひたすらに黄昏れましょう。

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2007.10.17

ロケットマン!

CGや特撮全盛のこの現代に、壮絶なガチンコアクションで度肝を抜いたタイ映画「マッハ!」のスタッフが、新たに作り上げたのは、爆竹ロケットに乗り、弱気ものの為に義賊となった青年の闘いを描く「ロケットマン!」

タイが開国し、輸出品として米の生産のため、牛が必要となった時代。ロケットマンとよばれる盗賊がいた。彼は貧しく牛を買うことが出来ない人々のために、ロケットで闘い、牛を奪っていた。しかしロケットマンの真の目的は、自分の両親を殺した仇への復讐だった。

アクションとしてはなかなかですね。こういうガチンコアクションは香港映画でも無理かと思うし。もはや身体だけが資本のタイの若者に希望を託すしかないのかと。
ただ、主演のダン・チューボン(「7人のマッハ!」)も悪くないけど、「マッハ!」「トムヤンクン」のトニー・ジャーに一段劣るのはしょうがないのかな。編集もちょっとキレが悪いのよね。

そこはかと漂うウエスタンの香りと、ゆるいギャグ、敵だか味方だかよくわかんない人物の交錯など、一昔前の、ジャッキー・チェンがまだ頭一つ抜け出した頃の香港カンフー映画ぽっさもありますね。なんだか懐かしい。

しかし、この映画もそうだし、例えば一昔前の武侠映画、また日本の歌舞伎もそうなんだけど、キャクターの自己同一性がないというか、つまり「良い奴なんだか悪い奴なんだかさっぱりわからないし、そのシーンごとで急に良い奴になったりする」ことって多いですよね、これってアジアに基本としてある共通原理なのかな。

西洋だとあんまりそういうことがないというか「悪い奴だと思っていたけど、実は心の底では良い心を持っていて、最後には改心して良い奴になる」とか一応のロジックを立てて、同一性をはかろうとします。
ところが、武侠映画やカンフー映画だと「さっき主人公とメチャメチャ闘っていたのに、次のシーンでいきなり良い奴になって主人公と一緒になって、より強い敵と闘っている」ということが平気で行われるんですよね。なぜだろう。

この「ロケットマン!」も主人公は義賊なんだけど、バックボーンがよくわからないので、激しいアクションの裏付けが理解できなくて、良い奴なんだか悪い奴なんだかわかりません。ひょっとしたらタイの人同士では説明なんてしなくても了解事項として、分かり切っているのかもしれませんけど。

てなことを思いつつ、よい子のみなさん、ロケットマンの真似をしてロケットに乗ろうとしちゃいけないぞ!(無理無理)

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2007.10.08

切通理作「情緒論——セカイをそのまま見るということ」

怪獣使いと少年」「お前がセカイを殺したいなら」などの評論をものにした切通理作さんの最新批評集「情緒論——セカイをそのまま見るということ」を購入。
10/7に三省堂書店神田本店で刊行記念トークショー(切通さんと阿部嘉昭さんの対談)も行われたので、行ってきました。

情緒論、というので情緒をどう論旨展開するんだろうと思っていたけれど、よくよくタイトルを確認したら、「セカイをそのまま見るということ」とちゃんとついているではないか。
この評論内で扱われる人物や作品は、柳田国男から小林秀雄、川端康成からつげ義春、ウルトラマンからAV、中平卓馬やホンマタカシ、「ALWAYS 三丁目の夕日」から「時をかける少女」、果てはギャルゲーにいたるまで、縦横無尽に語られていく。
冒頭に「バカの壁」「国家の品格」といったベストセラー本を紹介し、そこにある「ありのままの世界を見る」ということと、近くて違う「そのまま見る」ことを語っていく。
「ありのままの世界を見る」といいながら、そこに私たちが見ているのは「あって欲しいと潜在的に思っている世界」なのだ。
だから私たちは「国家の品格」に溜飲を下げ、「ALWAYS 三丁目の夕日」に涙してしまう。
ところが、これらの作品を賞賛する際も、批判する際も、人は作品を見ていない。これらの作品は「自分が見たいと思っているもの」を投影してしまうのだ。だから作品を褒めて(けなして)いるようで、実は「最近の若者の態度が気に入らない」とか「昔の生活はああだった」と自分を語ってしまう。
作品に自分を語れる隙間を持っているところが、ヒットの要因なのかもしれない。

といっても、「国家の品格」などとこの情緒論が決定的に違うのは、最大公約数的に「見たいと思っているありのままの世界」とは思われないないものに、「なつかしい」ものを見いだそうとしているところだ。それは柳田国男が講演で残した子殺しのエピソードのある瞬間であったり、川端康成やつげ義春のエロの瞬間であったりする。そこにいいようもない「切なさ」と「なつかしさ」を感じる瞬間を提示してみせる。そこに凡百の「なつかしさ」の賞賛や批判との差を思うのだ。

ふと思ったのだけれど、「国家の品格」や「ALWAYS 三丁目の夕日」に感動し、教育基本法を改正し、「美しい国日本」といっていた安倍晋三前総理のやっていたことは、まさしく国家レベルの「イエスタデイ・ワンスモア」だったんだなあと。(注「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」を参照のこと)
ひろしの靴下をかぐ前に、ケンとチャコならぬシンゾーとアッキーは倒れてしまったわけですが。
先日の教科書検定での、沖縄戦の記述見直しなんて、まさしくその典型例で、「見たい(見たくない)と思っているもの」を安倍前総理は実現しようとしていたわけですし。
福田総理になって即座に変わっちゃったし。まあ福田さんが良いって訳じゃないですが。

私見によるが、この本の中で書かれている「ALWAYS 三丁目の夕日」評を含めた「昭和ブームの中で消える「町」」は作品評として、またヒットした状況とその向こうにあるものまでをみせたベスト評だと思う。ようやくこれで「ALWAYS〜」という作品の置き所が見いだせた気がする。

さて、10/7に三省堂書店で行われた刊行記念トークショーに参加。阿部嘉昭さんとのトークショーのなかで「不如意」という言葉で、この評論中の「なつかしい」ということを対談相手のである阿部さんが語っていたのが印象的でした。
(じつは、出かける直前まで原稿を書いていて、おまけに本も半分程度までしか読んでいなかったので、トーク内容が頭の中になかなか入ってこなくて困った)
その後の飲み会にもお誘いいただき、楽しい時間をすごさせていただきました。

この本一冊でも読めるし、ファンなら「お前がセカイを殺したいなら」「ある朝、セカイは死んでいた」に続く本としても楽しめると思います。
あ、今回タイトルがめっちゃ前向きになってますね。「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版」並に前向きにですよ。

読むべし!

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パンズ・ラビリンス

「ミミック」「ヘルボーイ」などのB級ホラーやアクション映画で定評を得ていたギレルモ・デル・トロ監督が、スペインで撮った、スペイン内戦を背景とした少女のファンタジー映画「パンズ・ラビリンス」


1944年スペイン。軍とゲリラの戦いが続く中、少女オフェリアは母カルメンの再婚で山奥に移る。母は再婚相手の子を身ごもっていた。その相手ビダルは、日々ゲリラとの戦いに明け暮れる残忍な男だった。つらい現実の中、オフェリアは空想の世界へとふけっていく。そこではオフェリアは人間界に生まれ変わった姫なのだ。オフェリアの目の前に現れた牧神パンの与えた試練を乗り越えれば、王国に戻れるというのだが。

ギレルモ・デル・トロの現時点における集大成。
「ミミック」「ブレイド2」のような派手な描写も盛り込みつつ、美しくも悲しい物語を作り出して見せた。
ただし、圧倒的なビジュアルで私たちを向こうの世界に連れて行ってくれることを期待すると肩すかしを食らうかも。例えば「ロスト・チルドレン」のようなものとは違うと言える。
この作品は現実とファンタジーの狭間を描いてみせることにあるので、「ハリー・ポッター」のように、学期ごとに行って帰ってこれる世界でもなければ、「ロード・オブ・ザ・リング」のようなハイ・ファンタジーでもない。
「ミミック」も都市の地下に地続きで広がる世界に、主人公自身が放った変異体生物と闘うが、この「パンズ・ラビリンス」もオフェリアが作り出した世界。オフェリアの世界は、小さくもか弱き少女が、過酷な現実から逃げるためでなく、闘うために作りだしたものなのだ。
この世界があるからこそ、世界の暴力を背負った継父と対峙出来る。とはいえ、あちらに行くためには、目の前で起きるつらい現実と同じくらいの試練を耐えなければならないのだ。

その試練の先に訪れる結末は、是非ともご自分の目で確認していただきたい。

素晴らしい! 観るべし!

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