大崎善生「聖(さとし)の青春」
「ハチミツとクローバー」の羽海野チカの新作漫画「3月のライオン」は、プロ棋士になった少年の物語。主人公のライバル役の青年が、将棋好きなら誰でも知っているであろう、夭折した村山聖(さとし)八段をモデルにしている。
なんとなく懐かしくなって、大崎善生のノンフィクション「聖(さとし)の青春」(講談社文庫)を読んだ。
本書の存在は知っていたし、たしか藤原竜也主演のドラマも覚えているが、実際に読んだのは、はじめてだ。
“泣ける本”というのは、よくある惹句ではあるけれど、本当に「泣きながら読まされてしまう」本というのは、そうそうあるものではない。30代半ばになってそんな読書をするとは、思いもよらなかった。
棋士村山聖(さとし)八段の、29年の生涯を描いたノンフィクション「聖の青春」は、巻頭から読み終わるまで、病と闘い、将棋に命を削った村山聖の生き様に打ち震えてしまう。
幼少時にネフローゼという難病を抱え、それ故に常に死と隣り合わせの生活を余儀なくされた少年村山聖。気に入らないことがあれば献身的に支えてくれている両親にさえ横暴としかいえない行動をとる聖。その聖に唯一生きるすべを与えてくれたのが、将棋だったのだ。将棋盤の上ならば誰とでも対等に渡り合える。ものすごい勢いで将棋を覚えていく聖。
聖の目標は、当時21歳で名人位となった、天才・谷川浩司を倒して名人になること。それだけを望むのだ。
終生、聖を支え続けた師匠森信雄との出会い。自分の身の回りのことさえおぼつかないこの森が、丸々とした顔の中学生と生活を共にし、食事をさせ、洗髪し、洗濯までする。うまくいかないときは口癖の「冴えんなあ」とつぶやく森。
無類の強さを誇る聖であるのに、理不尽ともいえる理由で奨励会入りを一度は拒まれる。病でいつまで持つかわからない身体の聖にとって、それがどれだけ手ひどい仕打ちであったことか。
奨励会入りを果たし、頂点への階段を駆け上がっていく聖。すべてを将棋のために捧げ、対局に集中するために身体を動かさずにじっと温存する。それでも対局が終われば倒れ、病院に担ぎ込まれる日々。
そんな聖の前に、次々と現れるライバルたち。しかし聖にとっては本当に倒すべき相手は谷川浩司ただ一人。
そこにさらなるライバルが現れる。羽生善治。後に七冠を達成し、将棋界を超えて全国にその名を轟かせるこの青年が聖の前に立ちはだかるのだ。
それでも残る力を振り絞って将棋を指す聖に、残り時間はそれほど無かった……。
改めて気がついたのだが、村山聖は自分より2歳上、その生きた時代はまさしく自分の10代20代の頃を思い出していた。そうだった、確かにあのときの谷川浩司は天才以外の何者でもなかったし、それを上回る羽生善治は神の世界からやってきた人間だった。
一方、マンガ「さすがの猿飛」の主人公にそっくりなことからついたあだ名が「肉丸君」の村山聖も、その愛嬌から人気があったのだ。
血を吐くような(文字通り)将棋を指していた村山に、著者大崎善生が寄せる愛情が、行間からにじみ出てくる。なぜなら当時月刊「将棋世界」の編集長だった著者も、村山を愛し、世話をした一人だったからだ。何とかして村山聖が生きた証を残さなければという思いが駆り立て、この本を書かせたのだ。
その後著者は「パイロットフィッシュ」「アジアンタムブルー」などの小説を書くが、その作家・大崎善生を生み出したのは、村山聖なのだ。
時に両親につらく当たり、友人でありながらもライバルとして闘う棋士に横暴とも言える言葉を吐く聖。それもこれも生きるため、全ては将棋のため。
最大のライバルとなった羽生を行きつけの定食屋に食事に誘う村山の姿は、まるで恋する乙女のようだったという。なんといじらしいことか。
しかし、時間が足りない。あとちょっとで名人に手が届くのに、病魔が聖の身体をむしばんでいく。
読みながら思った。神様、村山聖を勝たせてやってください、名人にしてやってください。ひょっとしたらページをめくれば奇跡が起きて、村山が谷川を、羽生を、佐藤康光を倒して、名人になるシーンが読めるのではないかと思いながら。
そんなことがありえないことを知っているはずなのに。わかっていながら、最後のページまで目が離せない。最期の瞬間のその時まで。
平成10年8月8日村山聖八段永眠。享年29歳。
あれから10年。
読むべし。
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